びりぃ☆the☆CATと仲間たち

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悲鳴
2016-07-26

7/19の事。
家に帰り、のあのゴハンの準備をしていたら、本当にのあの声?と思ってしまうような、今まで聞いた事のないような悲鳴。
そして、のあが小部屋から逃げるように走って出てくる。

この部屋に何かいるのか? 私も慎重に部屋に入る。もし大きなネズミとかいたら? でも、その場合、存在に気づいた瞬間にのあは「シャーッ」と威嚇するよね、普通。
威嚇をせずに逃げるくらいの相手なのか、それとも気づかぬうちに攻撃を受けたのか?

敵は、ネズミなどの動物なのか、何か得体のしれない毒を持った蜂などの昆虫や蜘蛛なのか・・

私が、恐る恐る部屋内の様子を伺っていると、のあが戻ってくる。
そしてトイレに立ちウンチのポーズ・・・と、、先程より若干控えめな悲鳴と共に排便。

え??。。。

えーっと、便秘ですか?のあ。
一回の量としては普通か、若干大きめくらいのウンチが出たので一安心(なのか?)

家の中に危険な敵がいる訳ではないと分かってホッとしたので、ちょっと笑ってしまった。けど、笑い事ではないな。
そう言えば、この日はゴハンを食べる量が少なくて、多めに残ってた。

ゴハンがウェットメインなので、水をどれだけ飲んでいるかもちゃんとチェックしていなかった。気になる状況。


翌朝。のあが久しぶりに吐く音で目が覚める。起きて行くけど吐き跡はない・・と思って、のあのいるテーブルの近くに行ったら、足元がベチャ、と。水のような嘔吐跡。水を飲んでいる事が確認できたのは嬉しいけど、吐いたという事はやはり排泄は上手くできていないか?
朝のゴハンは、食欲復活していたので大丈夫なような、悩ましいような。
朝の支度の勢いでそのまま出社したけど、何か気になる。。

夜、恐る恐る帰宅。のあが玄関に出迎えして、ホッとしました。

目の前で、いつもより多めのウンチを叫ぶこと無くしてたので、大丈夫かな。
のあは、なかなか私に楽はさせてくれないようだ。

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1ヶ月
2016-07-21

びりぃが亡くなって今日で一ヶ月。最初の月命日
まだ一ヶ月しか経っていないとも思うし、もう一ヶ月も経ったのか、とも思う。

まだ、ちゃんとしていなかったので、一昨日に慌てて写真立てを購入。少しだけ、びりぃの場所が整いました。
写真は、悩んだけどハンモックでくつろぐ姿。季節にもよるけど、ハンモックはびりぃが落ち着ける場所の一つだったと思ったので。押し入れの写真はあまり綺麗ではないし。

大事な猫(犬でも、他の動物でも)を亡くした方は、線香やお花なども用意されているのでしょうか?
今は、びりぃを想う気持ちだけで、どうにか今の居場所を作っている感じです。

もう少し考えなきゃ、なのかな。


のあの事 おまけ
2016-07-20

もう何年も昔の事。
ふと「びりぃも、のあもいつまでも生きている訳じゃないし、いつか先に行っちゃうんだよね。そうでないと困るし(後の面倒を見てくれる人がいないので)」と思った事がある。

この時に、びりぃが先だったら? のあが先だったら? どうなるんだろう、と思った(どちらが先になって欲しいなどとは、もちろん全く考えずです、念の為)。

びりぃが先だったら? のあは、一人で留守番大丈夫かな?私にベッタリの超甘えん坊になるかな、性格変わるかな、等と考えてた。

のあが先だったら? びりぃは、のあに遠慮して私に甘えられない部分があったと思ってるけど、それがなくなって、超甘えん坊に戻るかな? でも、のあと仲良いから、すごく落ち込んじゃうかも。と考えてた。

少し当たっていた部分はあるけど、前回書いた通り、びりぃがいない事によりややパニックや不安に感じている部分はあるとは言え、私とのあとの関係は、まだこれからも変わり続けるだろうし、一面的な見方をしていても意味はないんだな、と思う。
まだまだこれから。今は少しずつ今の生活に慣れていくだけ。
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追記:

Facebook、Twitterで告知した翌週の土曜日、私の状態を気にかけてくれたのかお店をしてる友人から「来てね」とメール。友人の誕生日でもあったし。
早めにでかけて、少しお話。他のお客様もいるのでゆっくり話をする事はできないけど、それはもちろん構わない。少しほっとして帰宅。
日曜も、所要で昼前から夕方まで少し外出。

帰宅して玄関開けたら、のあが元気に足元にやってくる。私が私なりに活動をして元気になって、その分を、のあとの時間に費やした方が良いのかな、とも思う。あまり家に居ないのは申し訳ないので、なかなかできないけど。
でも、この時から少しのあとの距離が縮んだ気がする。どちらかと言うと「元に戻ってきた」という感じかな。猫じゃらしでも遊べるようになったし。

そして、かなり嬉しいこと。7月4日に、のあが久しぶりに「自主練」。びりぃがまだ普通に歩いていた1ヶ月以上前を最後に、ほとんど走る姿を見ることがなかったけれど、久しぶりにソファー、タワー、和室と一人で走って飛んで。

一番見たかった姿。

もちろん、これからも、のあとの関係は良好にして、一緒に遊ばなきゃ、と思うけどのあが自ら動きまっているのはすごく嬉しい。

(とはいえ、継続的に自主練で走り回ってる訳ではないので、やはり悩ましいことなんだけど)

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のあの事2
2016-07-15

びりぃの葬儀が終わって、家に私1人と、のあ1頭。
当日は仕事が忙しい事もあって、午後から出社。人間の家族が亡くなった時には休みがあるけど、猫の家族では休みはないし、人によっては理解はされない。

仕事を終えて夕食を食べて帰宅。
これまでは一秒でも早く帰宅したかったし、私の食事の材料の一部をびりぃ&のあと共通としてた部分があったので、夜は外食もしていなかった。今は料理をする気力もない。正確に言うとごはんを食べる気力もなかった。

帰宅、のあのごはんを出す。びりぃの闘病用に贅沢なゴハンのままになっているけど、落ち着くまではこのままかな。

ふと、のあと目が合う。のあもまだまだ落ち着いていない様子。

そして気付く。のあとコミュニケーションが取れない。のあの望んでいる事が分からない。確かに看病中は、大半が私とびりぃとの対話だったけど、その合間でも、のあとの対話に困った事はなかったのに。

今まで、びりぃの望む事が、のあを満たしていた事、びりぃがいる事で私が落ち着いていた事、そしてのあと私と間の直接のコミュニケーション不足を、びりぃが補って、お互いに伝えてくれていたんじゃないのかな。
3者のコミュニケーションから、2者のダイレクトなコミュニケーションとなって、もの凄く戸惑う。多分のあも戸惑ってる。

私自身は、のあの事も大好きで、びりぃと同じくらい大事にしてきているけど、思ってた以上にびりぃがしてくれていた事は大きかったんじゃないかな、と思う。

もちろん、のあは今も私を信頼して甘えてくるし、私ものあを信頼して一緒にいる。

微妙にバランスが崩れて、のあも私もお互いにちょっと落ち着かない状況かな。

あとは、のあのストレス問題。一緒に走ってプロレスごっこをしてくれる相手もいなくなり。こればっかりは全てを私がやる事はできないけど、なるべく遊ぶようにします。今までちょっと手を抜いてたかな、とも思うし。


一週間ほど経過して、ようやくのあとの関係が落ち着きつつあります。前よりものあが更に甘えたり、ワガママになった気がするけど。

のあが落ち着けば、私も少しは落ち着けます。

びりぃ兄ちゃん、いなくなっちゃったけど、1人と1にゃんで、楽しく生きていこうね。
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(当時のメモから作成)


のあの事1
2016-07-13

びりぃが亡くなったあと、そこにびりぃの遺体があるのに、のあにはそれが何か分からない様な動作。すぐ近くに寄る事もない。
せめて匂いだけでも嗅いでくれたら良かったのに、と思う。そうしてくれた方が、私が納得しやすい、という事だけのような気がするけど。

葬儀まで涼しい場所に、という事で、びりぃの遺体を棚に安置。

のあは、びりぃを探してか各部屋をウロウロ。さっきまで家にいて、その後、家から出ていないはずなのに見つける事ができないからなのか、声をあげながら部屋から部屋へ移動し、戻ってきて、まだ探し続ける。
しばらくウロウロして、私の方を見て何かを訴える。

何回も何回も、びりぃが亡くなった事を伝えるけど、のあは納得していないのかな。私も納得できていなかったし。

葬儀の前、私の様子がおかしいからか、キャットシッターのはるたさんにも微妙に距離を置いてる。普段はどうなんだろう。
葬儀の業者の人が来たこともあって、別部屋に隠れるのあ。本猫は拒否するかな、と思いながら、のあにびりぃへの最後の挨拶をお願いしたけど、残念ながらすぐに遺体から離れる。
多分、猫には猫の別れの挨拶の仕方があるんだろうな、と考える事にした。

はるたさん曰く、びりぃからのあに、後の任せる事(今までびりぃが私にしてくれていた事の引き継ぎなど)は、ちゃんと教えているはず、と。

のあも寂しいよね。今まで一人の留守番を長時間する事なんてなかったのに。びりぃが病院に行く以外は、ずっと1日24時間、びりぃ兄ちゃんが家にいて、遊んだりケンカしたりしてたのに。


のあがうちに来た頃、びりぃの通院のために初めて一人で留守番になったとき、家に帰ったら、その前に食べたゴハンを全て一気に吐いたんじゃないか、という位の綺麗な形の塊が残ってた事を思い出す。あの時は、誰もいなくなって、一人での留守番でパニックになったんだろうな。
今は、さすがにパニックになってはいないけど、寂しそうに部屋の中を歩いては、私の顔を見ている。
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↑布団とシーツの間に隠れる、のあ

私も、まだ前に進めていないタイミング。のあもまだ一人っ子となった事の実感がない状態。
しばらくは私がケアをしないといけなさそう。いや、一緒にお互いのケアかな。


(当時のメモから)


約束
2016-07-03

びりぃが去ってから日々が流れ、少しずつ私自身の悲しみ、苦しみも少しは和らいできました。いつまでも辛そうにしていたら、びりぃも空から私を見て落ち着けないだろうし。

少しホッとした部分もあります。それは一つの約束が果たせたから。

14年半前の12月、びりぃを我が家に引き取った時からの責任。びりぃの面倒を最期まで見る、という約束。
途中で離婚した事もあり、一人で面倒を見続ける責任の重さ。

もし、私に事故でもあったら?長期入院しなければいけなくなったら?何かで先に死んでしまう事になったら?
そんな事も時折考えてきた。

一度、交通事故にあった時は、道路の上に転がりながら「入院が必要です」と言われたらどうしよう、と考えていたり(この時は大事には至らず、検査だけでその日のうちに帰宅)。

もう一つ良かったことは、不注意による事故などで大怪我をさせたり、死亡事故を起こす事なく、看取る事が出来た事かな。

最期まで責任を持って面倒を見て終える事が、ここまで辛くなる事とは思わなかったけど。

亡くなって数日間は、亡くなった時の事や看病していた期間の事ばかり思い出しては泣いていました。もちろんこれらも重要な出来事だけど、それまでの14年以上の日々笑って過ごしてた良い思い出も大事だな、とようやく思えるようになってきました(その思い出でも泣いちゃうけど)。

家に帰って、びりぃが出迎えに来てくれる事がなくて、あの身体を撫でてあげる事もできなくて寂しいけど、のあと今までの大事な思い出と共に少しずつ前に向かって進んでいきます。


びりぃを看取れたことで、一人前の猫飼いに慣れるかな、と思ったけれど、まだまだ猫飼いとしては残念ながら未熟者ですね私は。ねこじゃらし振るの未だに下手だし。


愛しいびりぃへの最後の約束は、前の記事でも書いた通り、ずっとびりぃの事、びりぃと暮らした日々を忘れない事。
びりぃと一緒に暮らして面倒を見てくれていた、優しくて寂しがり屋だけど明るい弟、のあを大事にする事。

あと、びりぃならきっと望んでいてくれると思うので、私自身が幸せに人生を送る事かな。
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↑家に来た頃のびりぃ(2001/12/31撮影)

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↑2016/06/14撮影。痩せているのが目立たない写真


びりぃって、最初から最後まで二枚目なんだな、と改めて思った